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演劇性とクィアネス


高畑こころ目黒ほのか


舞台はクィアネスを歓迎する。折れ曲がり、迷い、くり返し、異なる声が同時に響き、断片的で、時間がかかる。「クィア」であるとは、そうした在り方をあえて手に取って呑み込んで、自らを世界から異化する身の構えである。クィアな生は逸脱し、抵抗し、簡潔な言葉で語られることを拒む。あなたは覚えておき、あなたは語り、あなたは運動をすることができる。日常のクィアな行為はときにけばけばしいまでの演劇性をまといながら、この現実を今この時も作り変えている。

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